―マーカスの庭にて―




 いつものごとく、三月ウサギのマーカスと帽子屋のヒューゴはお茶会をする。

 繰り返し繰り返し、飽きもせず、仕事もせず。
 彼らの会話はいつでも唐突に始まり唐突に終わる。
 ある晴れた日も、いかれた二人のいかれた会話が始まった。

 これはヒューゴが角砂糖を積み上げるのに熱中していたときのこと。


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「ああ、なんてことだ。もう積み上げる角砂糖がない」

「ねえヒューゴ」

「何だいマーカス。角砂糖タワーより面白い話でもあるのかい」

「三月ウサギがなんでイカれてるか知ってるかい?」

「知らないけど、きみは知ってるんだろう」

「僕も昨日、わたりがらすから聞いたのさ」

「で、どんな理由だったんだ?」

「それはねえ、3月が兎の発情期だからだよぉ」

「‥‥‥じゃあきみ、一年中発情してるのかい?」

「人間と同じ程度さ。なのにイカれてるのはなんでだろう」

「もしかして実はきみ、イカれてないのかもしれない」

「本当かい!困るなぁ」

「正気になんかなったら、毎日茶会ができないな」

「そのとおりだよ、ヒューゴ!オレ正気になりたくない!」

「よし、じゃあ試してみよう!イカレてないかどうか」

「どうやってだい?」

「そうだ、数学だ!物理だ!えーと、じゃあ問題。これ解いてみて!」

「なんだいこれは」

「今ぱっと考えた問題」

「ヒューゴ!解いたよ、ちゃんと外れてるかい?」

「‥‥‥マーカス、大変だ!当たってる!」

「なんだって、じゃあオレはもうイカレてないのか!?そんなの嫌だ!」

「一問で決めるのはまだ早いよマーカス!今度はなぞなぞだ!」

「よおし、ドンと来い!」

「帽子屋がイカレてるのはなーんでだ!」

「いつも頭をしめつけているから!」

「はずれ!」

「やったーああ!!オレはまだクレイジーだ!」

「やったー!」

「‥ところで何でだ?」

「昔、帽子をつくるのには水銀を使ってたからさ」

「‥‥今は?」

「使ってないね」

「じゃあ、ヒューゴきみ、全然マッドハッターじゃないじゃないか!!」

「‥‥‥あああ!!そういえば、水銀なんてついぞ使ったこと無いぞ!!」

「なんてこった!!」

「あ、でも今朝、左右色の違う靴下を履いたぞ!」

「それはただのウッカリさんだ」

「それと‥それと‥昨日、紅茶にバターを入れた」

「‥‥何だって?」

「ああ、バターだよ、マーカス!」

「そいつは‥‥‥‥クレイジーだ!紅茶にバターなんて入れて飲めるやつはクレイジーだ!」

「良かった、今日も僕らはクレイジーだった!」

「これで明日もお茶会ができる!」

「僕らがイカレてたお祝いに!」

「ところでヒューゴ、そろそろ帽子を売らなくていいのかい?」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「現実に引き戻さないでくれないかい?オルコット君」

「僕も靴をつくらなくちゃいけないんでね、ウォリス」




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 ヒューゴは帽子屋、マーカスは靴屋。
 またいかれたお茶会を開くために、まともなお客にまともな物を売る。

 帽子と靴を作って売らなきゃ、茶葉ひとつまみも買えやしない。
 そしてたまの休みどきには、お茶やお菓子をテーブルに並べて、いかれた会話をする日々だ。
 遊ぶためには金が要る。金が欲しけりゃ遊んでられない。
 天邪鬼な二人でも、この世の真理にゃ逆らえぬ。

 ――ああ全く、いかれるってのも楽じゃない!











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